タイで、何とか 生きていますヨ

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2017年 07月 11日

タイ関連の ブログを、語ろう !!( その 6 )

273


しかし、 


私にくだらん仕事をさせるな


の下りは いつ見ても笑える。



彼女の人生観を 全て表してるよ


「  私はこんなところで、くすぶってるような人間じゃない。


   もっと出来る。  もっと評価されて然るべきだ 」



「  見抜けない奴が馬鹿なんだ、 私は 頭が良いんだ  」



昔虐められてた奴が 身につける  典型的な 根拠の無い自信だな。



世間の評価は  どうでも良い仕事を適当に任せる為に雇ってやった


通訳代わりの事務員なのに



昔そっくりな奴がいたんだけど、


好戦的でバカバカ言いまくってた女性事務員 誰も相手しないし、人変えるのも


めんどくさかったのでそのまま放置。


30歳オーバーしてもスタイル変えなかったけど、いい加減自分で毒吐いても


誰も相手にしていないと 自分で気付いて辞めてったわ。


ーーー


284



>>273


出張に来た人間アテンドすると、


タイ語はおろか 英語もダメってのが 結構いて、


ひとりじゃBTS乗ることすらままならない、なんてよくあるから、そういう人間を

見てるとグズって勘違いしちゃうんだよね。



で、 メシすらアタシが手伝わないと一人で注文できないようなグズを、


なんで こんなに面倒見てやらなきゃいけないんだ! 


   と、どんどん不満が募っていく。

ーーー


285 タイケイの名無しさん 2015/06/29() 12:15:28ID:tXW1FkjE


純粋な技術屋とかは、そういうのは多いだろう。



重要なのは  語学力じゃなくて、専門能力だし。



彼らをサポートするのために雇っている、 現採の通訳 だからな。

企業からみたら、どちらが重要かは いうまでもない。

嫌なら、自分で商売すれば良いだろうに。


出来ないから、今の職なんだろうに。

まあ、

だんだん話題が尽きてきたのだろう。


毒を 吐き続けなければいけないのだろうが、


タイ社会のいろいろな事をネタにした方が 良いだろうに。


そうしないと飽きられる。

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289


アンチについて

「 雑誌に  文章が載ってる自分に対する  やっかみ  」


とかなんとか書いてたけど、



シックス サマナ作ってる クーロン黒沢 って


障害入ってそうな人とか  リアル電波とかを



うまく おだてつつ、「 怪人 」とか なんとかいって 面白おかしく


書き立ててた人じゃん。



クーロンからしたら


OLも 「  罵詈雑言女  」 みたいな演目で 自分の見世物小屋に


雇ってるに過ぎないんだろうに、 本人は 自分の文章が素晴らしいから


掲載されてるんだと思い込んでる。



そんな構図も含めて


 見世物  」なんだってことに、アンチ イトウの シックス サマナ読者も


気が付くべきだと思う。


イトウさんの記事も 自称 無敵軍人の君塚さんとか  買春作家の岡本先生の


記事と 同列に読むべき。


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ーーー


290


>>>  220

  日本人の医者、タイでは、働いたら違法就労。

  働くには、タイの医師国家試験に、合格しなければならない。

  日本人弁護士は、どうなのかなぁ?



https://www.jetro.go.jp/world/asia/th/invest_05.html

外国人職業規制法( 2008年より施行 )に、より


外国人が就業できない職種が  39業種規定されている。


●禁止職種


以下の39業種については、


その地域を問わず、外国人が商行為または 収入を、目的として就労


することを、タイの法律で 禁じられている。




39.  法律・訴訟に 関する業務



ーーー


291


他山の石ではあるけど、うちの出張者も英語のメニューを見て


「 どれが牛肉? 」



とか聞いちゃうくらいの 英語ゼロオヤジだったりするから、


イライラすることはよくある。


ファスト フードの 注文すら手伝ってあげないと いけなかったりするし。



タイ飯も ひとつ として食えないし。



ーーー


425



管理人ちゃん



このスレッドは




   誹謗中傷  悪口  陰口  蔑み  煽り  妬み  嫉み



だらけだが  どうして


放置してる???

中には

完全に 違法な書き込みも あるが???




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14    ギレン様



http://blog.goo.ne.jp/thaisyo1331/m/201401


チェンマイ発信

     ・飲んべえ親父の チェンマイ子育て物語



タイの チェンマイで、50才を過ぎて子供が出来て、てんやわんやの毎日。



そんな飲んべえ親父の、子育ての様子を、お伝えします。




ーーー

16



>   ギレン様


紹介乙です 




>>   14の人は


現地に溶け込んで?  幸せそうで  何よりですw



ーーーーー






http://terute3402.seesaa.net/article/447594028.html





チェンマイ独居老人の華麗なる生活

60歳で引退したジジイが 安住の地を求めて彷徨、


チェンマイ暮らしを開始して以来 数年、一人暮らしの清く正しく美しい日々、

寂しさ辛さにも負けない 優雅で 華麗なる隠居物語です。


            2017年  03月  04



チェンマイ独居老人の華麗なる生活‐806(本ブログの原点逝く)




   一度 生を受け、 滅せぬもののあるべきか。

                                 平 敦盛 (曲舞)





今日(34日)、

ランチの時  友人から電話が入る。



訃報であった。



本ブログのスタートは、


ジジイが ブログ 「 チェンマイ発信・飲んベい親父の 子育て物語 」 


に投稿したのが きっかけ。




その飲んベい親父さんが

          3月3日に亡くなられた由。




確か61、2歳だったか、 早すぎる。



 「チェンマイ発信・飲んべえ親父の子育て物語」


上記ブログは


子育て物語に加え、 親父さん経営の 和食屋に来店するお客さんとの



交流をほのぼのと描いた人気ブログ。

                

       

家庭を大切になさっていたオヤジさん、



 ご冥福をお祈りします。




チェンマイって  


       今日は、 ホント 悲しいです!




 

ーーーーーーー



http://column.chaocnx.com/?eid=1087964


飲んべえ親父のチェンマイ子育て物語


    カテゴリー :  今号のピックアップ |


               2014. 05. 26


今号のピックアップコラムは、


「 飲んべえ親父の チェンマイ子育て物語 」

                      です。



筆者の中村さんは、


いつも優しい眼差しで、チェンマイで



お子さんを 育てる楽しさや 苦労を


                書いて下さっています。


今回は、


なんと、

55日の起きたチェンラーイ大地震の 震源地にいた中村さん。



その時の様子が 臨場感を持って綴られていますが、


最後は やはり  ほのぼのと まとめてくださっています。



ーーー



75  チェンラーイ大地震  」 


               筆者   中村 正太郎


 5月5日午後6時頃、


北タイ地方 近年 最大の地震


マグニチュード63の「 チェンラーイ大地震 」が発生しました。



震源地はチェンラーイ県パーン郡サーイカーオ町の地下7,4キロの地点でした。

 チェンラーイ県出身のお母ちゃんの家の住所が、

なんとこのパーン郡サーイカーオ町だったのです。



そして、チェンラーイ大地震がおきる3時間前には、

息子とお母ちゃんを車に乗せてパーン郡の実家に里帰りした我ら家族でした。

 この日は、久しぶりの里帰りドライブなので、パヤオ湖を見に行こうと思い、

パヤオ経由パーン郡の実家ということにしていました。



パヤオ湖に到着し有名なお寺へ参拝に行くと、ちょうどお祭りが行われていて、

1時間ほど見物してから実家に向けて再スタート、

その後50分ほどでサーイカーオ町にある実家に着きました。



 実家では、久しぶりに会う息子とのご対面に  祖父母は、とても嬉しそうでした。



今晩の夕食は親戚みんなで食べられるムーガタに決定し、

夕方5時からムーガタパーティーとなりました。



 子供たちはパクパクとお肉を食べ、村の男衆は特製焼酎を飲みながら

久しぶりの里帰りに近況報告など話もはずんでいました。


 時計の針が、まもなく  6時を指す頃だったでしょうか、



突然、ドドーン


     という音と共にガラスの割れる音が聞こえ、



地面と 家と  そして、周りにあった全てのものが、横に大きく揺れだしたのです。



 お父ちゃんは、何が起きたのかすぐには判らず、



これが地震だと気づくまでに、2秒ほどの時が、必要でした。



 先程まで食事していた全員が建物の何もない目の前の道路に非難しました。



お母ちゃんは息子の手を引き急いで家から離れ、

道路へ先に非難した者が「早く逃げろ」「こっちへ来い」と叫んでいます。



 まだ、家の中にいたお父ちゃんは、

家の柱にしがみついて動けなくなったお婆ちゃんの手を引き、

慌ててみんながいる所まで逃げたのです。



地震の横揺れで  道路上に立っていることが出来ずに、


みんなは道路に座り込み   地震の治まるのを待ちましたが、



その後も 大きな余震が続き、  家に近づくことは出来ません。



余震の影響で  家の天井板が、次々に崩れて落下し、


家の中は、われた窓ガラスや 照明器具のガラスの破片が散乱し、


地震の大きさに   ただただ驚くばかりでした。



 親戚一同は、顔を合わせ


「  怖いな!  これが地震か?  」と



初めて経験する地震に、ただ驚くばかりでした。



午後7時過ぎには辺りが暗くなり、電気を点けようとしましたが、

地震の影響か停電したままでした。



被害にあわず壊れなかった家から  ローソクと懐中電灯を持ち出し、


皆が集まる本家の庭に灯りをともし、


庭の真ん中では焚き火が行われ親戚一同肩を寄せ合い、


地震の恐怖から逃れたのです。


 

 この日は、家に入ることなど出来ずに、


被害の少なかった兄の家の 玄関先で、

すぐに出られる体制を保ちながら夜を過ごしました。



 夜の10時頃


「  お腹が、すいたな  」


と一言誰かが言うと、


すぐにカーオニャオ(もち米ご飯)と簡単なおかずが用意され、

緊張している皆のお腹も満たされました。



庭の真ん中にゴザを引き、ろうそくの灯りを囲みながら親戚一同が集まっています。

 数十分に1回くる余震に驚きながらも、親戚の人達は力を合わせ

地震の恐怖から逃れようとしています。



そんな中、息子は


お婆ちゃんの後ろに来て、疲れきったお婆ちゃんの肩を、揉み始めました。


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日頃、 お母ちゃんのタイ マッサージのお店で、


お客さんにマッサージするのを見ていますから、


自然と 息子も覚えてしまったのですね。


息子は

得意になって  お婆ちゃんにマッサージを続けていました。



怖い余震がある中での息子のマッサージは、


緊張したみんなの心に ほんのひと時ですが、笑いを誘っていました。







 ただ今、息子    ・・・  7歳と1ヶ月。




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by burma123 | 2017-07-11 00:12 | Trackback | Comments(0)
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